全国マンション情報ブログ

景観を言葉で表現する難しさ

2011.11.25

条例の内容に対する制約も大きい。景観と一口にいうが、自然景観、歴史的都市の景観、近代都市の景観はすべて異なっている。また景観は、高さ、容積率、建ぺい率などの数字では把握できない。したがってこれまで何回か報告してきたように、真鶴では建物の形を規制するというだけでなく、景観を「言葉」(アレクサンダーのいうパターン)で表現し、これらを六九のキーワードにまとめた。しかし真鶴は異例中の異例であり、多くの条例は、このような言葉の表現に苦労し、一般的にいえば、他の景観と「調和」させるというような抽象的な表現にとどまった。

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真鶴の場合は、言葉は規則として拘束力をもつが、他の条例は単なる美辞麗句に過ぎない。違反した場合の処置も不徹底だ。地方分権が進まない、というのは端的にこのことをさす。真鶴の場合、もちろん公聴会や議会審議を経てというプロセスを踏んだ上であるが、町長は「美の基準」に違反する事業者に対して「水道を供給しない」という強い罰則まで踏み込んだ。しかし他の自治体では、建設省や裁判所からの「違法」の烙印を恐れて、そこまで踏み切れず、条例とはいえ、事実上、法的拘束力のない行政指導にとどまった。国立市もせっかくの景観条例を持ちながら、裁判沙汰にまでもつれ込んでしまったのは「高さ二〇メートル制限」について行政指導(最終的には違反した事業者の「氏名公表」)にとどまったからである(なお建築確認後、二〇メートルに法的拘束力を持たせるために先にみた地区計画を行なったが、裁判では建築確認と地区計画のどちらが有効か争われている)。だが、国立判決の認定した権利論を土台にすえて全国すべての自治体が、どのような町をつくるか、それぞれ条例で定められる、というようにすれば事態は一変する。高いビルに関していえば、市民はそれを望まない場合、条例で阻止できる。認める場合でも、いまのように都市のどこにでも建つ、というようなものではなく、駅前など一部に限定されるであろう。そこで私たちは、もう一度、自治体はそうした条例を制定できないのかという原点に立ち戻らなければならない。