「危険ですから触れないでください」建築中の超高層コンドミニアムの作業員専用エレベーターには、米国人の販売責任者と私、編集者、カメラマンの四人が乗っていた。全員ヘルメット着用。エレベーターは柵で囲われているだけで外気が直接吹き込む。一九八九年(平1)六月からおよそ三週間にわたって、米国とカナダの住宅を取材したときのことだった。ニューヨークに到着したその日に、「手始めにモデルルーム巡りでもしてみようか」と思い立って、いきなり訪ねたのである。受付で日本から住宅雑誌の取材で来たと告げると、無線機を腰にぶら下げた恰幅のいい販売責任者が現れ、じゃあ行こうとヘルメットを手渡された。まさか火の粉が飛び散る現場に連れて行かれるとは思わなかった。到着したのは最上階のベンドハウス。壁、柱、床、天井ともにコンクリート剥き出しで、壁や柱の穴からコードが無造作に飛び出している。「これがモデルルーム?」と聞くと、販売責任者は「内装工事は買った人が行うもの。私たちが売るのは場所とスケルトン(構造・躯体)です」と答えた。そして、「最近は日本企業の資本でコンドミニアムが建設・販売されるようになり、内装工事込みで売られているようだが、ニューヨークの購入者はインテリアに対する好みがうるさいから、このほうが喜ばれるし、ずっとそうしてきた。販売価格も安く済むしね」と付け加えた。取材に訪れた八九年は、今にして思えば日本のバブル景気が絶頂期にあった頃。ひと足先にバブルがはじけ、景気低迷に苦しんでいた米国にとって、日本人は大のお得意さん。地価の下落によって不良債権化した不動産を売り込もうと躍起になっていた時期だったから、こんな珍客でも日本人ということで応対してくれたのだろう。
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